人工知能 AI

今盛んに世間の注目を浴びているのがこのAIってやつ。
人工知能と訳されているがこいつの利用はお勉強のお相手、車の運転、翻訳、案内誘導、囲碁・将棋の相手になってくれる存在。
ロボットは人工知能を利用したものだと思っていたら、どんな分類のしかたか解釈の違いか分かりませんがAIではないという意見もあるようです。
この研究は益々深化して我々人間は何を目的とすべきなのかが問われそうな気がしませんか?
人として判断すべきことまでAIとかいう怪物に取って代わられるということなんでしょうか。
私にでさえディープラーニング、こんな言葉を何度か聞く世の中となってますね。
深層学習と訳されるんだそうだが、まるで並の人が考える以上のことまで推論できるらしい。
これが人工知能とどう結びつくのか浅学非才の私では理解できません。
神様の領域まで達することができるってことでしょうか。

昔、テレビが普及し始めた頃だったと記憶してますが、1億総白痴化論なる考え方が出回ったことを思い出しました。
つまり、テレビばかり見ているとテレビに洗脳されて、人は考えなくなってしまうことを懸念されたんだと思う。
今この身を振り返って見れば当たらずとも遠からずかな?
日本1億人全て同じ程度の考え方をしている訳でもなさそうに感じますからこの理論は外れたんでしょう。
今じゃ情報の量と速度は当時と比べたら雲泥の差ですよね。
テレビの比じゃない。
スマホだ携帯端末(ぴったりの言葉が思い出せない→やっと思い出した。タブレットでした)だとその活用の方法と利便性は1年前と比較しても大きな変化であることは皆様も同じ見解だと思います。
ことほど左様に変化の大きさとスピードについて行けなければ存在価値が無いということになりそうだ。
このブログはそんな存在無用の最たるものと陰口が聞こえそうかな。

私だってAIの力を利用したい。
その力で世間を「あっ」と言わせたい。
こんな夢を見る哀れな老人を助けてもらえませんか、AIさん。
AIが個々人毎にその能力に応じて「これはこうしろ」と指示やアドバイスがされるようになったら、今のような格差のある社会が変わるんでしょうか?
もし、格差のない社会になったら競争はなくなっちゃう?
競争がなくなるのはハッピーですか。
勝った、うれしい。負けた、悔しい。この感情がなくなったらボケの社会となってしまいそうだ。
うらやましい存在があってもいい。
それを目指す人が出てこなければならない。
AIは人が生活するのに手助けするだけで良さそうな気がしますね。
発達進化の度合いもほどほどでいいでしょう。

移れば変わる世の習い
時代が変われば世の中も変わるのは当然だと先人もおっしゃってます。

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