将来の不安

最近はこんなことが

若いうちは不安より夢や希望を持つはず。
かく言う私だって若い時があったが、どんなことを思い描いていたのか忘れてしまった。
想うに今の懸念事項は健康面が経済面等他のことより重くなる。
緊急的な病は今のところないが、慢性的な弱みは何箇所かある。
治療中や経過観察中のものとか、時々感じる痛みや違和感については歳取ればやむを得ないでしょう。

以前から頭の隅に根付いている事がある。
それは痴呆となることだ。
身近な例として親父がいたし、近所の先輩も寝込んだままで食事も自分で摂れないと聞く。
これは突発的に起きたもので、脳に関する病だ、不運とも言えそう。
いやらしいのは徐々に進行して迷惑を掛けることが多くなる認知症だ。
徘徊というやっかいな行動が伴うと一番迷惑を掛けることになる。
市の広報放送?(屋外のスピーカー)を利用して「見かけたら知らせて」とアナウンスされるのは月に何回かあるようだ。この対象人物にはなりたくないですよね。

年寄りに忍び寄る

以下は新聞の投稿記事からアレンジした内容だが
認知症予備軍夫婦と銘打った記事
「物忘れ、持続するうつの状態、ささいなことへの怒りの爆発、ぎこちない二人のコミニューケーション、思いやり不足、徘徊への誘惑、いわれのない嫌悪感と訴えていた」
この記事の内容に思い当たる、共感できるとも言ったほうが適切かな。
愚妻との仲は決して喧嘩しているんじゃない、永年連れ添って生活した仲なんだけど、
「ささいなことへの怒り」これはあります。
「いわれのない嫌悪感」これもあります。
どんな時かは省略しますが感情の赴くまま発すれば間違いなく諍い(いさかい)となる。
連れ合いは昔こんなことを言っていた。
「夫婦は我慢しあわなければ共に暮らすことはできない」
文言は正確かどうか分からぬが主張はこんなことだったはずだ。
今この言葉が身にしみる。

丸くなった?

歳を取れば丸くなるとは昔から言われますが、一方で怒りっぽくなるのも自覚できる。
見ず知らずの人に対し、犬の散歩に出会ったら飼い主はリードを短くすべきだと、時には怒鳴ることだってある。
怒鳴れないのは、犬の落し物を踏みつけた時だ、自分の迂闊(うかつ)さを笑うよりどうして始末しないんだってね。
車の運転でエンジン音がやたらにうるさい車ってありますが、怒鳴りたくなります。
昔、自分もやってたのにタバコのポイ捨てを目撃すると「あの野郎」と目くじら立てるーポイ捨てのシーンはめったに遭わないけどね。

何故か、痴呆症になることを恐れるより怒る場面ばかり書いてしまった。
短気は損気 
人のふり見て我がふり直せ
一寸先は闇
 とあきらめましょうか

コメント

タイトルとURLをコピーしました