あこがれ

ウォーキングのついで

昨日恒例のウォーキングは雨と強風のため午後からとなった。
成人の日で街に出かけたら晴れ着のお嬢様と会えるかもと、薄汚い根性を隠さなければと気をつけた。
もちろん、お目付け役として吾輩の連れ合いも同行してましたので悪いことはできません。
そこでいつものコースから外れてショッピングセンターを目的地と決めました。
私の狙いはすでに愚妻も気が付いて、「孫も何年か後には式を迎えるから参考にしましょう」と乗り気になった。
時間帯は1時頃でしたから、午前の部を終えた若人がショッピングやランチにと出かけて来ているのではと期待していたんですが、思惑外れに近い状態で2組のお嬢様とすれ違っただけだった。
外はまだ傘はいらない程度の雨が落ちたり止んだりの天候だから、当然晴れ着の身では室内が妥当だと思ったんですけどね。
派手目な衣装と割合地味なお召しのお嬢様もいらっしゃったが孫の時の参考とまでには至りませんでしたね。

建前と本音

敵は本能寺とはうまく言ったものですよね。
建前は孫のためにとは言いながらも、本音は綺麗なもの見たさだけだ。
日常と少し変わった様子とか風景を楽しむことができるのはそうザラにはありません。
夜になってテレビで見ているとお嬢様方はほとんどの人が和服だったようですね。
カメラマンとして建前は公平性とか報道を意識しなければなりませんが、男性だったらその狙いは綺麗な女性軍に目移りするのが正直なところでしょうか。
建前と本音の問題はこちらの的はずれな偏見かもしれませんが、圧倒的な割合で和装で式に臨んだことがうかがえました。

美しいものへのあこがればかり追っていてはいけないとの教え、初めて知りました。
高嶺の花を羨むよりは足元の豆を拾え(たかねのはなをうらやむよりはあしもとのまめをひろえ)
届かぬことにこだわったり羨んだりせず、今できることやりなさいという教えだそうです。
凡人は高嶺の花にあこがれ、届かぬまでもこの思いを届けたいとなったら恋物語だ。
こうなったらジジーには無用の長物

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