不器用な生き方

愛してる

早実の清宮君が選手宣誓で口にした言葉と報道されていた。
愛してるとはちょっとキザっぽいですよね。
我々の年頃の年代の人はあまり使いそうにない言葉ですね。
清宮君の場合、宣誓の頭には野球がついていたようですからホっとしたって感じかしら。
そもそも「愛する」の言葉としての対象は、人か行為だけのような気がします。
多くの場合、対象は人だと思うんですけどね。
好きと愛との境目はどこにあるんでしょう。
バナナが好き、映画が好き、乗り物が好き等々対象はほとんどの場合物や行為ようだ。
されどダンナが好きとか、子供が好きとも言いますから好きの対象は全てなんでしょうね。
一方で愛とはダンナを、子供を、彼女をと言いますが、オモチャを愛したり食べ物を愛したりとは使いそうもない。

憎い

愛の反対語にはどんな言葉があるか辞書を引いてみましょう。
憎の字が多く出ました。
憎悪(ぞうお)、愛憎(あいぞう)、生憎(あいにく)憎まれ口(にくまれぐち)と、嫌い・嫌い・嫌いと並べるほどの嫌い方が憎い(にくい)でしょうか。
それほど嫌がる(いやがる)んだから余程嫌なんですよね。
という事は愛とは好きの何乗倍くらいの大きさということかな。

愛されても

愛を告白された経験がないからって、全くオモシロクもない人生だったかと言えば、NOですよね。
愛という言葉を使う機会がなかったからと言って決して不幸だとか思ってません。
世の中、金だけが大事だと思っている人も中にはいるでしょうが、それだけではありませんと頭で分かっても先立つものがなければ辛い人生となるのも必定だ。
愛し、愛されることはあったんでしょうが言葉として聞いた憶えもなく、発言したこともありません。
酔っ払った勢いでお姉様を口説こうとしたことはあったかもしれませんが、記憶にございません。
こんな生き様は不器用な人間にしかできませんよね。

お前百までわしゃ九十九まで
と言うにはまだまだ先です。早目の告白ではどうかなー。

余談、パソコンをエアコンが効く部屋へ引っ越した

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