まだまだはもう手遅れか

ボケは続く

今朝ウォーキングしながら変なことに気がついた。
ボケが始まっていると思われることの一つでしょうか、メロディは出てくるが歌詞が思い出せない。
まだ大丈夫だと思っていたが当てにならないか。
そのメロディとは童謡や唱歌の類なんですけどね。
突拍子もなかったが国歌だったら出てくると思いきや、出だしが分からなくて途中から始めて、ようやっと「きみがーよーは」と思い出せた。
こんな調子では先が思いやられますね。
多分新聞で読んだことだと思いますが、痴呆症の親を見舞った時、会話がほとんど進まなかったにも関わらず、歌を歌ったら親御さんも唱和したとか。
子供の頃に憶えた歌がきっかけで笑顔が戻ったとか。
俺の場合もこのケースに近い?ような気がした。
断片的なメロディを思い出せるからって、もう手遅れかも知れません。

受け止めたはずの刺激

いつどんな形であれ、歌はメロディと歌詞ほとんど同時に憶えるもんじゃないかな。
だとするとメロディは口から出るが、歌詞は出てこないのはどうしてでしょうね。
頭の中の格納場所が違っているのかしら。
歌から全然変わってしまうが、ソロバンの話。
小学校の頃、算盤塾に行かされてました。
その時憶えたはずの掛け算・割り算ができなくなりました。
同じ子供の頃のことなのにどうしてだろうと不思議に感じてこの話題も取り上げてみました。
どちらも同じような年頃に受けた刺激ですよね。
歌は憶えなくてはならないことはない。
ソロバンは毎日一生懸命練習した。
練習した成果物を忘れ、どうでも良さそうな歌はメロディだけとは言え忘れていない。
この差ってどうして起きた。
前回の悪い前兆に引き続いて同じような話になること事態が少しずつ進んでいる証拠なんだろうか。
刺激を受けていないからか、受けても刺激として受け止めていないせいでしょうね。
外出して人と接触し話し込んで受ける刺激が良い結果を生むんでしょうか。
人付き合いの苦手な人でもボケが早いとは限らないでしょう。
十人十色
世の中にはいろいろな人がいます、その中の一人に加わりたい。

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