屋号べにや

地方都市

昨日法事で地方の町へ出かけた。 昔の城下町だと言うが、確かに通りは狭く現在の暮らし向きには合いそうにない。 もちろん大通りもあるが、ほとんどは狭い通りで車のすれ違いにはお互い気を使ってのやり過ごしのようだ。 駅前の通りも地方都市で一般化したシャッター通りだった。 それでも看板は残っているから何をやっていたか容易に分かる。 この風景は既に日本では当たり前とも言えそうだ。

面白い屋号を見つけました

「べにや」とありました。 お店は閉店したままと見受けた。 べにやさんでは何を商いとしていたんでしょう? 勝手な想像をふくらませると、和服やさんが似合いそう。 いや、やはりお化粧品のお店でしょう なんと言っても「紅屋の娘」でヒットした歌があるくらいですからね。 この看板を見た時にとっさに思いついたのはこの歌でした。 ググって見ましょう 田中由徳さんのホームページには 昭和4年6月発売のレコードで佐藤千夜子が歌って空前の大ヒットとなったことから、この歌は一般には流行歌というイメ ージになってしまったように思われます。又、この歌(紅屋の娘)のあまりのヒットぶりに、当時の文部省では全国の学校に役人を派遣し、子どもたちが学校で唱歌以外の唄を歌わないよう監視を強めました。 という一節がありました。 それほどのヒット曲とは知りませんでした。 私もこの歌をすぐに思い出したんですからメロディーはもちろん、歌詞だってなんとか憶えていたんだ、なぜだったんだろうか? 昭和4年なんて、私影も形もありません。 その詮索(せんさく)は置いておきましょう。 ある意味シャッター通りとなってしまうと侘(わび)しい気がしますね。 歩いて買い物を済ませるとか、ひやかして歩くとの風景は昔のこと。 今じゃ地方では車依存の社会です。 ここにお住まいの人が言いました「車がなかったら暮らして行けない」とさ。 開けてびっくり玉手箱 ではないか? 有為転変は世の習い(ういてぺんはよのならい) この世は常に変わるものだと先人も言ってます。

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