冬の寒い日はこれ

寒さ対策はお酒が一番

お燗、お湯割りはもちろん、なかには暖かなお部屋でビールを召し上がる方もおられるとか。
私はお燗で晩酌を欠かしません。
量は増えたり減ったりとあまりしないのが晩酌たる所以でしょう。
よそさまの家の様子は知りません。お招き頂くこともありませんものね。
私の父も欠かさずやってましたね。
酒は焼酎専門でした。
というのも、父が働き盛りだった頃、つまり私が子供の頃は戦後の貧乏暮らしが当たり前の時代でした。
そんな暮らしでも好きな酒だけは飲みたかったんでしょうね。
アルコールの度が強く且つ、安い酒となれば当時では焼酎が手頃だったんだと思います。
豊かな生活なんぞ夢物語でしかなかったですから。
もちろん私が成人してから何度も汲み交わしたことはありましたよ。
その時は日本酒でしたね。

兄弟とはいえ好みは違う

親父の息子は3人です。この3人がまたそれぞれ好みが違っても、おふくろは手抜かりせず用意万端整えてくれましたっけ。
親父は焼酎、日本酒、ウイスキーすべてOK。
兄貴は冷が好きだった、弟は焼酎とウイスキーを好んでいた。
そして私は日本酒熱燗専門。
それぞれ好みが違うと言っても、そこはそれのんべーの集まりだから、なければ何でも持って来いとなるのが落ちだった。
いまじゃ親父はこの世にいないし、兄弟離れ離れの住まいで集まるのも容易じゃないからどんな飲み方をしているのか知らない。
小耳に挟んだ話では兄は休酒中だとか。
あの酒の味を知らないわけじゃないから特別な理由があったんでしょう。

節酒する

かく言う私だって、今まで2合と6〜7勺と控えめな量から、さらに2合に激減させました。
その理由は痛風の気配が感じられて、再発の恐れを抱いたからでした。
痛風といえばビールが大敵。プリン体が発症を引き起こすとは有名な話です。
日本酒がどの程度のプリン体を含んでいるのか知りません。
しかし、控えるほうが良さそうだと連れ合いも言いますし、控えることであの痛さから開放されるなら我慢しなければと覚悟の節酒です。
古希を超える歳になってから、慣れ親しんだ量を減らすのは余程の覚悟と、見ず知らずの貴方様までご心配いただきましてありがとうございます。(「ざまーみろ」との声も聞こえますね〜)
まさに京都の
清水の舞台から飛び降りる
と思い切りよく踏み切ったですから再発しないと信じてます。
えっ、もっと減らせですって?
これ以上減らすぐらいなら痛風でも何でもやって来やがれ。

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