こんな暮らしで結構

弱気になる

歳を取ったことを痛感する。
その一:すでに書いた通り、ここんところ家事代行を引き受けているが疲れたーって感じること多い。
手順に無駄が多いだろうことは感じることがある。
例えば、洗濯して2階のベランダへ出てから竿とか手すりを拭くように指示されているが雑巾を持っていなくて降りて取りに行くのは2度手間だと後から気がつく。
家事については万事こんな調子だ。

その二:車の運転心配?
私は車を数年前に処分した。
それは名誉にかけて申し上げれば事故等の問題ではなく単に運転する機会が少ないからと言う理由だった。
処分してから今日まで車を使いたいときは近所に住む娘の軽自動車を借用してきた。
今回の通院騒動で感じたことだが、運転席に座ってブレーキとアクセルのペタルの位置を確認したんです。今までも何回か借りて運転していてもペタルの位置の確認なんてしなかった。
多くの皆さんだって初めて運転する車だったらいざ知らず、ペタル位置の確認なんてしませんよね。
でも今回改めて確認したには、それなりに体の反応が鈍ってしまったからではなかろうか。
不安に感じるし、心配でもあります。
だから運転には慎重にしました。そしてペタル操作は意識せずに済んだ。当然のことだ。
ブレーキとアクセルの踏み間違いの事故のニュースを聞かされるが、そんな馬鹿なという感想が、あり得るなに変わってきたよ。

平凡な生活

高望みはせず、いつもと同じ平凡な暮らしが一番だと思います。
心配しながら不安に感じながらの生活では身が持たぬ。
体が資本、健康第一、金より体だよね。
毎日が楽しいと言うより、困り事がないことを望みます。
人様に誇れるようなことはないし、かと言って卑屈になるようなこともしたくない。
美味いものをたくさん食べなくても、旅行して美しい風物を楽しまなくてもいいじゃないか。
迷惑をかけたくはないけど、時々は人の手を借りて暮らさざるを得ないのが実態です。

昨日は人の身明日は我が身
これは災難はいつ降り掛かってくるかわからないから用心しろよの戒めですね。
そうじゃなかった
人の事は我が事
自分は大丈夫ではなく、もう一度ダイジョウブか、と確認しなければね

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