便利を追う

便利な世の中

この頃の世の中便利過ぎているようだ。
聞くところによれば、昨日のように積雪のためによる登校時間の変更通知は各自にメールで通知されたとか。
通知を出す側も受ける側もメリットありでしょうね。
こんな恩恵、私受けた覚えがないからひがみっぽくなります。
今や小学生でもスマホを持つ世の中ですものね、当たり前の世の中だってことを自覚しなければ生きられないか。
公衆電話がどんどん減ってるけれどやむを得ないですね。
私はガラケーすら持ち歩かないから、いざとなった時の連絡手段はこの公衆電話なんですけど・・・
極少数派のために、提供・維持することは営利を目的とした企業としてやむを得ないですね。

便利さの追求

実用段階に入ったとされるAIで案内は既に実用化されているとか、これから期待されるのは自動車運転、物の判別仕分けまでするそうだ。
多くのデータを読みこませれば病名の判定まで出来るようになるとか。
手術までやるようになったらお医者さんはどうされるんでしょう。
AIの術者とAIの介添人は名コンビとなるでしょうか?
こうして考えると、どんな分野まで進出するようになるうだろうと恐ろしくなりますね。
人間の感情を読めるようになったら人類に取って代わる時代が来るのかも知れません。
感情に左右されずデーターの積み重ねからこうなると判断するようになる。
人工知能でできる範疇はどこまで広がるんですか?
私達は創意工夫が大切と教わったでしょう。
おおげさな言い方をすれば、仮定からこうしたらどうなるかと推論して導き出した結果を実行してみて、失敗したり上手くいったりしながら、落胆したり喜んだりしたもんです。
AIも推論はできるんですよね?
確率との兼ね合いなのかな?

昔は良かった

懐古主義だと称する人たちはいつの世にもいるもんでしょう。
AIが支配するようになればこうした嘆きがささやかれるようになりますよ。
無駄をやらないAIだったらゆとりみたいなもんがなくなるでしょう。
回り道しながらやることは決して無駄にはならないと思います。
道草をくって遅くなりました、なーんて言い訳はなくなりますか?
回り道しても余裕を持って過ごせる今が一番かも。
進歩を期待せず古い慣習を守り続ける暮らしぶり、守株(しゅしゅ)というお話ご存知でしょう。
北原白秋先生の歌
待ちぼうけ待ちぼうけ ある日せっせと野良稼ぎ そこへうさぎが飛んで出て ころり転げた木の根っ子
おれも寝て待とう

コメント

タイトルとURLをコピーしました