博多の思い出

夢か現か幻か

夜中に目を覚まし眠れず思いついたのが酒だった。
ボーっとしていたら、酒は呑め呑め飲むならーばー・・・の歌を思い浮かんだ。
日ノ本一のこの槍を呑みとるほーどに呑むならばー・・・と続くのはご存知でしょう。
この意味は呑み干せば名槍をもらえるとかだったなー?
でも、歌の文句には槍を与えるとかもらえるとは出てこなかったよなー。
これで考え込んで、もしかしたら歌詞を間違えているんじゃないかなー。
酔って怒鳴り声で手拍子を打ちながら歌ったけれど、それもずーっと前の話だったっけ。
先程メールチェックを済ませ、黒田節で検索してみたら間違えているんじゃなさそう。
どうして酒を呑み干せば槍をもらえるのか、歌詞からは分からなくても頭の悪さとあきらめた。
ここで区切りが付いたんで、一件落着のはずが、さらに尾を引いた。

博多駅

検索ついでに、もう少し調べたら、酒のやり取りは福島正則と黒田家の家臣母里太兵衛との間の話とあった。
それとこの母里太兵衛の銅像が博多駅前に立っていると書かれていた。
私も博多で勤務していた時代があったが、全然記憶にない。
佐賀に行くことがあったので博多駅を利用したことも何回かあったはず。
もしかしたら西鉄を利用したのかな?
なぜこだわるかと言えば銅像に記憶が全然無いからだ。
博多は中洲が有名です。
勤め先もこの中洲にありましたし、通勤はバスと西鉄だったので、博多駅には縁が薄かったのも事実です。
でも博多駅周辺は何度も歩き回ったけど、銅像には気が付かなかったもんでね。
40年以上も昔の話を蒸し返しても意味成さないよね。

対馬

ついでに博多の思い出として対馬へ仕事で出かけた時の話です。
対馬へは当時はフェリーしかなかった。
対馬は上と下の2つの島に分かれていて、上対馬・下対馬と言われていた記憶があるが確かではない。
この上対馬へは博多から、下対馬へは現在の北九州とフェリーが運行されていたはず。
イッヒッヒをしたくて仕事は1日で上と下での仕事をこなして上対馬に戻って宿泊。
宿泊するなら上対馬でイッヒッヒで呑んだらどうだ、とのサジェッションをもらっていたんで、ガンバッテ仕事をしたんだった。
イッヒッヒは飲み屋の屋号ではない。
呑助が「お銚子おかわりー」と頼んで、持ってきた女性からお酌してもらいながら、お愛想をかけてもらえる楽しみを味わっただけの話。
なーんだ、ですよね。
一人ポツネンとして知らない店で呑むんだったら、もう少し気の利いたバーとかスナックへ行けばいいのに。
赤提灯派としてのこだわりと、金銭的に余裕のない若気の至りでした。
呑んだことだけしか思い出せないのは
バカの一つ覚え
ですよね

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