正直に言えるか

本音と建前の使い分け

どなたも経験したことのありますよね。
本当は正直に本音で伝えたいと思っても、角が立ったらまずいと先回りして当たらず触らずの意見を言う羽目になることもままあります。
本名で言いたい放題で喋ってみなさい、と言われてもいざ名乗ってしまうと本音は益々言いにくくなるのだ。
もし、話したとしても
「お前のそんな理屈じゃ物事収まりがつかないよ」てなこと言われてシュンとしてしまうか、でなければイジケちゃったりしそうだ。
話した内容を否定されたり理屈に合わないと非難されたりしますかな。
下手すると村八分されたりしますよ。これって立派なイジメでしょう。

その話まともなことか

発言するなら相手の立場も考えて貶める(おとしめる)ようなことにならないよう気を使わなくちゃね。
一方でもし反撃を食らったことも考え理論武装も大切だ。
これはいろんなケースを考えなくていけないから大変だ。
自己主張によっては相手の名誉を傷つけかねないし、感情的になったら正しいことと皆が賛同してくれても仲を修復できなくなるかも知れない。
それだけの覚悟を持って発言しなくてはならない。

ずるさ

私がここのサイトで発言しても影響は全くと言っても良いほどだと断言できる。
それだったら本音で言えるだろうっておっしゃりたいんでしょうね?
本名を公表してないから言っても差し支えは無いんですが、そこがそれ、年寄りのずるさです。
狡さとは要領よく行動したり発言したりすることでしょう。たまにはごまかしもありますかね。
ここで使い分けが大事だということを理解してもらえそう。
己の立場を危うくするのは言葉だってこと。
もし、自分と異なる意見が出たら反論しますか?妥協しますか?
相手によりますよね。
そう、相手によってはシカトしますかね。
お愛想笑いでごまかしましょう。

でしゃばるつもりじゃないけれど
出る杭は打たれる
と目立つことは避ける風潮がありますね。

君子は豹変する ってね
本来、過ちと気づけば即座に直すとの意味で使われる言葉が、今じゃ変わり身の速さを「君子は・・・」と言ったりしませんか。
相手や置かれている立場によって、言い分を使い分けるのは潤滑剤の役目を果たすのかな。

コメント

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