平凡な望み

興味

無関心とか興味を失ったというわけではない。
無駄なことと知りながらも、今までと同じ関心を持ち続けたいというささやかな望み、つまり平々凡々な望みすら置き忘れそうだ。
自分の趣味と言うか興味のあることとも言えるかも知れませんが、何にでも興味を示す年頃とそんな時期はとっくの昔にどこかに置き忘れてしまった。
最近つくづく感じる。
テレビを見ていても最後まで見ることは少ない。
本を読んでいてもすぐに投げ出す。
長続きするのはナンプレぐらいだ。
集中力がなくなっているのか、飽きっぽくなっているからなのか。
関心ごとが失くなるのはあまりいいことではないと聞く。
無気力というのはどんなことに繋がるのか、どんなことを指すのか考えてみよう。

やる気のなさ

この一言に尽きると思う。
やる気がなくなると他人からどんな目で見ているんだろう?
勝手に想像してみると、
やる気なしは陰にこもる状態か、こちらはよぼよぼの年寄りとみられて邪魔な存在だと言われるでしょう。
思いやりのある人が、気を引き立てようと話しかけても上の空。
対話にならない可能性が高まりそうだ。
内面的な考察?(さも学のありそうな言い方ですいません)をすれば
全てに興味を失うとは思考力が減退してるんじゃなかろうか
従って、周りの変化も気が付かないし、視ていない節がある。
うまそうとか面白そう、怖そうという喜怒哀楽の感情がなくなっちゃているのかも。
経験上から言えば
忘れっぽくなったから新たなことに挑戦してみようと言う意欲は確かに低下しているよ。
「どうせダメだ」が先に立つ。

なぜこんな愚痴を吐くのか

惰性となりかけているウォーキングで、テーマを探しながら今朝も歩いていた。
桜の木の葉も色付き始めた。
虫の声が静かになった。
遅咲きのサルスベリの木があった。
これをテーマとして書けるか?ちょっと無理っぽい、こんなステップから今日の思いが愚痴となった。
老い先短いと思えば、時間を大切にすべきとは頭で理解しても諦めのほうが先になるだろう。
今日の望みは明日まで保つかしら

今を大切にしろとの教えすらむなしく感じる
今日あって明日なし

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