入院生活を振り返る

遅まきながら入院中のあれこれを思い出しながら書き残そう。
既に何回か大腸ガンとなった事を投稿してますので重複する部分が出てくると思います。
自身の備忘録にもしたいと思っているから目をつぶって下さい。

入院したのは2月9日で、翌日は日曜日、その翌日は建国記念日で両日はベットに寝ているだけ。
治療はもちろん検査もありません。
飲食不可で点滴だけで命をつないでいた、とは大袈裟な表現ですね。
喉が乾いたら、うがいだけは許されていました。

休み明けの2月12日内視鏡による検査があった。
肛門から管を差し込み内部を覗こうといういやらしい検査だ。
検査されて思ったのは無理矢理つっこまれて、その痛いこと半端じゃーなかった。
検査の技師らしき人と主治医が「ずいぶん狭いなー」「本当に狭いですね」って。
何が狭いのかその時は痛みをこらえるのが精一杯。
後になって考えると、大腸にできたガンによって狭められていたということでしょう。
これは説明されていませんから推測に過ぎませんが多分正解でしょう。
そして検査室から出たときには肛門から何やら管が接続されていたことだ。
例えれば犬のしっぽのように太くは無く、むしろ豚のシッポの太さでしょうね。
でも1メートルほどの管の先には2L入る袋が付いていました。
ちなみに肛門から入れた管の長さは45センチもあったと聞かされてます。
この辺りがガンの位置なのかな?

手術までの毎日は治療らしきことはありません。
その代わりと言ってはおかしいが、大腸に差し込まれた管から水を注入して、その次に水と一緒に便を吸い出す作業を最初の2日ぐらいは午前だけでしたが、その後からは2回/日に増やされた。
この作業は医師が行うべき行為らしく、研修医が行って看護師は触りません。
単純作業だけど医療行為となっているんだろうと勝手な推測です。
この作業は大腸に溜まっている便の排出ですが、手術前々日から排便促進のためにニフレック配合剤というものを1L飲まされます。
こいつは数年前に大腸検査を受けた実績があるので私自身は経験済でした。
ガマンできないほどの頻度でお小水のような便が出ます。
これを2日に分けて飲まされました。
腸内がカラッポでなければ手術の際うまく接合できない恐れが有ると聞かされました。
手術の内容については便促進剤を飲む前に、私と女房と娘・息子の4人で説明を聞きました。
この時点で大腸がんと言われました。
私はさほどショックは無かったが、女房たちはどう感じていたんだろうかなー?
手術にはつきものらしいがメスが入る部分の剃髪と表現していいのかな、今どきは電気シェーバーを使って、体毛の処理をしました。
へそのゴマを取ると看護師が言いましたので、「明治生まれの母がへそのゴマを取ってはいけない、と仕付けられているのでお断りします」と言ったら看護師は「私は昭和生まれだがそのいわれはしってます。でもこれを取らないと感染菌が体内に入っては困りますからね」と作業開始。
痛かったね、オフクロの言ったとおりだ。

手術は20日、12日前から入院していたことになった。
手術からその後のことは次に投稿します。

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