こんな人生とは

加齢

年寄りという単語を私はブログの中でよく使っています。
日常生活しているなかでそれ程意識して過ごしているわけではないが、意識せざるを得ないことが多く出るようになってきました。
例えば2階へ上がるとき、その逆で降りるとき、手すりを常用してます。
傾斜のきつい階段であるが、それでも若いときは、手すりなんぞなぜ付けたと思ったほどだったのに。
医者に聞いてご覧なさい。
「なぜなったんですか?」
「加齢でしょう」と返されるのが落ちですよ。
加齢で厄介な人生を歩んでいますと言うより、華麗なる人生でしたと言いたいですよね。

現実はどうかな

一般的に、最初に訪れるのは目でしょう。
老眼と言うやつ。
但し、近視の私達はずーっと遅れて出てきますけどね。
ついで、髪でしょうか。
薄くなる人、白くなる人いろいろですよね。
老化の始まりです。
誰も避けて通れない。
シワ・シミが目立つようになって、耳が遠くなり、物忘れが多くなり、独りよがりが強まる。
膝、腰が痛いなーんて言う人が多くなるのも歳を積み重ねてきた、いわゆる加齢なる人生を歩むのです。

お目出たい

「長生きはするもんじゃー無い」このセリフ聞いたことありませんか?
100歳になると銀杯を総理大臣名で祝われます。
いつだったか覚えていませんが、この銀杯、純銀からメッキに変えると読んだ記憶があります。
丈夫で頭がしっかりしているときに受けられるんだったら喜びは増しますが、知人のおふくろさんは施設で受け取ったとか。
お祝いされたことも理解していなかったと。
長生きしてもホームで過ごすことになれば、慶賀のいたりとは申せませんよね。
自分のことができるのならば長生きを慶んでもらえるかもしれませんが、邪魔扱いされるようになって欲しくない。
こんな事を意識しなければならない生活も味気ないかな。
この話は聞き流してください。
老いの繰り言でした

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