これも更新ネタ

夕刊の記事

見出しで「ほぼほぼ」なる単語が使われていました。
私も知り合いとの会話のなかで使っているのを聞いたことは何回かあります。
意味は「ほぼ」と同じだろうと理解してます。
なぜ2回続けて使うのか分りません。
今回この場で取り上げたのは友達や知人間での会話ならまだしも、新聞の見出しに使わるほど一般化していたとは驚きでした。
「リオ、五輪ほぼほぼ歓迎?」の見出しでその内容はさして興味を引くような記事ではないと私は受けた。
どこの国でも、どんな人の集まりでも行事に対する賛否は必ずあるものだし、記事の内容も既に他のメディアによって知ってましたので、既知の事実ってやつでしょう。
ほぼほぼなる単語、検索してみると必ずしも好意的な意見は少ないように感じました。
ただ、目くじら立てるほどのことはない、の意見が強よそうかな。

みんなが使っている

既に言葉を重複して使うことは今までにも皆が使っていた事実があるからでしょう。
例えて挙げれば、まあまあ、そもそも、どきどき、我々、日々、ぴんぴん・・・と多くいろんな場面で使ってます。
これは畳語(じょうご)というらしい。
これを書きながら最近同じような話を書いた気がしてめくってみたら、6月5日に「繰り返しの言葉」で晴れ晴れについて書いてました。
同じようなことに興味を持ったり、疑問を感じるのはあまり進歩してない証明でしょうね。
まー、ひと月前から進歩したかどうかを問うのも我ながらおかしいと思います。

本題に戻れ

さて、本題のほぼほぼですが、新聞はその社の主張を述べるものと解釈していますが、公共的な機関の一つでしょう?
それは影響力が強いためでしょう。
公正、中立を求めると、偉い人とそのグループのひとが言ったとか言わないとか話題にもなりました。これはテレビに対してでしたかな。
いずれにしてもその影響力は非常に強いものです。
そんな公共機関がほぼほぼなる語を用いたんだから、多くの人から認められた単語なんでしょうね。
新しい事や言葉にすぐ受け入れられない私には抵抗もあります。
新語を使いこなせず、怪しげな日本語を操って(あやつって)更新の具にした私の責任は如何(いかん)とする。
思いつきの行動(更新作業)は無責任におちいりがちだ
軽挙妄動(けいきょもうどう) 深く考えること無く行動すること、との教え
この行動を更新と置き換えると、ね!ピッタシこんこんだー畳語のつもり

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