更新は自責

何を書こうか

更新の作業を延ばし延ばしにしているとテーマも思いつかないものです。 思いつくというより意識して過ごしていればこれがテーマになるかもとひらめくもんです。 ひらめくなんて格好が良すぎますか。 こうしてなんとなくキーボードを叩いているうちにそれらしい文章になることを期待しているんですが、何を考え、伝えたいことって何なのか、書き手が理解してなければ読み手には分からないクソ面白くない文章になりますか。

書くより読むほうが好みだ

最近、小説は新聞の連載物しか読んでいません。 連載小説だったら好むと好まざるに関係なく選択の余地はありません。 私、女流作家の本はあまり手にしたことがありません。 なぜか表現がくどすぎると思っていたからでした。 しかし、連載小説となる既に述べたように選択の余地はありませんから、与えられた物を読むだけとなります。 ということは女流作家の物も読んでいるってことです。

思い込み

女性の作風はくどすぎると、思っていました。 女流作家の本を読み進めるうちに私の抱いていた感じは間違いであったと気づかせられました。 描写がくどいのではなく、より繊細なもののように思います。 2,3回前の朝刊連載でMさんのものは面白いと思ったし、現在進行中の夕刊に連載の小説もU女史の遺作だそうだが、梅を漬けるくだりや登場人物のガキの描写も懐かしさや共感みたいなものも感じます。 むしろ夏目漱石先生の作品には読みづらさを受けます。 これは多分に文学的素養が私にないせいだと思います。 要は勝手な思い込みは自分を狭い世界に閉じ込めてしまうだけかも知れません。  一流の作家をくさすよりテメーの文章見直せよ、わかんねーよ・・・反省します。
期待もてる表現
小説で書く文章はその雰囲気を壊さず、むしろ上手に補完して読み手に共感を得ることが大切なのかなと感じますね。 そして、次はどうなるかと期待を持たせてもれえると、読む楽しさを持つことができるように思いますがいかがでしょう? 例えば「ねばねばしてる」と「ねちっこい」と同じような意味でしょうが、場面によって使い分けされるほうがピーンと来ることがありますよね。 こんなブログですが大目に見てもらえますか。そのうち文章も上手くなるかも知れません。 歳が歳だから期待できないかな。 なんとなく字数も稼げましたので今回はこれまでとさせていただきます。 知識をひけらかすかのようなブログとなったのが、ちょっと気が引けます。 能ある鷹は爪を隠す もっと謙虚にならなければ、ねっ!

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