ボケ防止できないと分かった

本当にボケ防止できるか

一昨日ボケ防止がブログの目的だと書きました。
今朝方うつらうつらしながら考えてみました。
弊ブログはボケを防止しているのか、という点です。
我輩が見つけた答えはノーでした。
防止ではなく遅延に過ぎないのかなと思った。
防ぎ止めるのか、遅らせるのか、どちらが該当するかですね。
ブログを書くことでボケを防ぐことは難しいだろう。
どの程度の効果があるかも分かっていませんが、どちらかと言えば遅らせるだけではないか、と思った次第です。

頭の中には箱がいっぱい

こんなことを妄想してみました。
頭の中にはたくさんの箱があって、その箱は項目ごとに分けられた知識や感情が溜め込んである。
例えば感情の分野で楽しい、悲しい、嬉しい、嫌い、怒る・・・。
それから算数の箱、地理の箱、歴史、経済、国語、外国語・・・。
こんな具合に分けて保存されている。
都度夫々の箱を開いて対応されている。
しかし、歳と共に開く箱と閉じたままの箱が分かれるようになった。
いつしか開かなくなった箱には経済の箱だったりすると経済関係が苦手になる。
対人関係が面倒になるのもこの箱を開かなくなったからだ、錆びついて動きが悪くなっているんでしょう。

刺激で箱が開く

箱を開くことによって脳が活性化され、ボケ知らずとなってゆく。
たくさんの箱を開くために刺激を与える必要があって、子供らは学校と言う場所で先生や友達から刺激を受け箱の種類と回数が多く開かれる。
では、我々シニアはどうすべきか。
読書で刺激、会話でも刺激、文字を書くことで刺激、たまには女房とけなし合うのも刺激・・・。
こう考えると、書いて発表すれば刺激されるからボケを遅らせることもできるし、いろんな分野に対して書くならば遅らせるだけでなく、ボケを防げるかも知れない。
大事なのは刺激を受けるように自分をそんな場所に身を置かなければならない。
その一つに会話でしょうか。
会話することで思ってもいなかったことを指摘されることあります。
でもね、今更お世辞笑いしながらお追従するのはゴメンとの声も聞こえてきたね。
私ごときブログ程度では、少し遅らせることがもしかしたらあるかも。
こんな風に考えたらボケ防止は言いすぎたと、反省してまース。
ボケた老人の繰り言と、とらえてもらえれば良いと思います。
なにせ根拠レスですから。
これを荒唐無稽(こうとうむけい)な話
と世間では申しますが、根拠がなくデタラメな話で申し訳ありません。

コメント

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