応援するよ

またあした-

昨日の午後、「明日またねー」「バイバーイ」元気な声が聞こえてきました。
黄色の帽子に赤とピンクのランドセルを背負った子供でした。
この子らには新しい明日が来るでしょう。
それは今日までに経験したこととは別な新しいことかも知れませんし、挑戦しがいのあることかも知れません。
私らにはそんな明日は必要ありません。
今日の延長で十分です。
少々の痛みが続いいてもいいんだ。
挑戦しなければならないようでは困ります。
階段の登り降りに「よいしょ」と声かけながらの歩きを、治そうなんて考えていません。
子らの明日と私らの明日は違っていいんですよ。
新しいことにガンバルのは子供、痛みをガマンするのは年寄り。

スキップできるかな

今朝も北風が寒かった。
昨日の子どもたちを思い出して、一丁やったるかと寒さに向かってスキップしてみた。
トン ト トン トでよかったかなと頭の中で考えてから実行。
ドン ヅッ ドン  ヅッと重そうな音が出ちゃいました。
2〜3回繰り返したらフーッとため息ついて「もういいや」。
子どもたちだったら軽やかなステップを踏みながら10メートル以上続けるでしょうが、私にはこんなにもきつい運動とは思ってもいなかった。
もし、このザマを他人が見ていたら、「あそこの道には何があるんだろう?あの人何かを避けながら歩いているようだ」と勘違いするんじゃなかろうか。
「避けながら歩いてんじゃないって、スキップ踏んでいるんだ」と、もしも問われたらそう言い返すでしょうね。
やってごらんなさい、本当にきつい運動なんだって。

きつい運動も軽々こなす、新しいことにもいとわず取り組んでゆく、そんな子供らに応援したくなった。
これジジーが見えを張っているだけかも。
応援しようとしても続けられるかが問題だし、父兄から「お断りだ、いらぬ世話するな」とお叱りを受けるかもね。
年寄りのひがみっぽい言い分
下衆の勘繰りと同じレベルよ

コメント

タイトルとURLをコピーしました