これでは名作も形なし

大空無縁 山下雷鳴

今朝の新聞連載小説(国宝 吉田修一著)にあった言葉の意味が分からなくて調べてみました。
小説ではヤクザの抗争に対する非難・揶揄(やゆ)として書かれていたと取ったんですが、その解説は青空を見上げても足元は雷だと。
こんな謂れ(いわれ)は聞いたことなかったもんですからどんな時に使われるものか興味半分で検索してみました。
なかなかヒットしません。
第一読み方も正しいかどうか分かっちゃいませんでしたしね。
作者の解説と筋から判断できるのは、青空だと思っていたら騒がしい世間だ、みたいに取りましたがしっくり来なかったんです。
小説としてこのフレーズにこだわる必要はないと思ってますが、一度気になると落ち着かないもんですよね。

禅の教えだ

ありました。禅の教えらしいです。
字のごとく取れば、青空の下は雷が鳴ったりして大騒ぎだとなります。
それで終わったら「なーんだ」で終わっちゃいますね。
教えは静かな青空も大騒ぎの場面も一緒の世界だとか。
青空だけ取りたい雷なんかいらないって訳にはいきません。両方の事柄を受け止めて生きなさいと解釈すればいいんだろうと勝手に解釈いたしました。
作家というのは物知りなんですね。
禅の教えまで引用するほどの知識がないと務まらないのかとただ感心しました。
言葉自体はそれほど難しくはなさそうだったが、意味を知れば本の筋も深まりますね。
私は本を読むのにここまで疑問を確認しながら読むことはありません。
あくまでも筋が理解できれば分からない言葉があっても飛ばして先に進みます。
今回は何となくひっかかったから、ブログの材料にと思った次第です。
こんな読者で書かれている作家の方には申し訳ない。
こんな読者相手ではいい作品も無駄になる
恥ずかしげもなくこんなことを書いたりするバカは私だけ
カエルの面に小便(本来は小便ではなく水ですか)

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