自問自答

自問自答、この言葉をこんなふうに使ってみました。

毎度のこと

更新について何を題材としようかなー?って思います。
一貫性のない弊ブログの宿命みたいなもんだ。
「へーっ、そーなんだ」とか「分かるぜー」と共感してもらえるような話をしたいと思ってはいるんですが、無い袖は振れない
毎度のことだとあきらめつつも絶ち切れずにいるのんべーがここにいる。
専門性とかこの分野だったらそこそこいける、みたいなものが欲しいが無いものねだり。

省みる

振り返り見れば、裕福でないいわゆる庶民の育ちで且つ、努力しなかったから今の私がいるのだ。
育ちことで両親の家門、血統を恨んでもしょうがない。
努力はどうだ、勉強したと言えるほど鉛筆を持った時間はなかったな。
社会に出てからだって努力していたら
「このことだったらあいつに聞けよ」と評価を受けることができただろう。
誇れるものは何一つなし。

生きざま

真っ正直に生きてきたか?
他人様から恨みも受けず嫌われもせず仲間はずれにもされなかった、とは言い切れない。
敵もあっただろうし、蹴落としてでも自分を有利な方へ導いたことは何回もあったはずだ。
ただ、自分がそれを確信してやってばかりでもなかったと思っている。
気がつかないうちに恨みを買ったり嫌われたこともあったはずだ。
もちろん自慢じゃないが毒にも薬にもならない存在として友達付き合いをしてくれた人もいますよ。
こんなことを踏まえながら、もう少しつっこんでみると他人に誇れるものは何一つ無いじゃないか。

存在できるか

やっぱり、ブログを継続する意義が見いだせない。
ブログの中にはこんな話題も見受けます。
愛犬の話、愛猫の話、子供のこと、料理法を披露する・・・
ブログを贔屓(ひいき)されているのは
発表している人の人柄から受けていたり、共通の興味から贔屓にされているブログもあります。
それには一貫性があるからストーリーが生まれるんでしょう。
次に起きるのは何だとの期待を抱かせることができれば存在する意味とか意義が出てくるんだと思う。

私のブログ

今日の話は単なる愚痴だ。
付き合う気持ちになれないだろう。
建設的な意見を発表できるよう頑張りたいが
そうは問屋が卸さない
あきらめずに続けることができるかな?
継続は力なり か・・・

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