世に拗ねてみた

希望

75歳のジジーが使うような言葉ではない?
今更って感じを受けますものね。
クリスマスイブにはサンタさんがやってくると聞いてます。
年寄りにはプレゼントを受ける資格がないのかな。
我が家には煙突もないからサンタさん入ってこれないよね。
もし希望することが許されるならば、足の痛みと後頭部の突っ張りを取って欲しい。
これ以外に当面は希望と言う言葉は必要としないでしょう。
毎日女房の手料理で晩酌できているから特段希望は思いつかないし、実現性の無い事なんぞ望んでも意味なさないですね。

これも今では現実的ではなさそうだ。
夢か現(うつつ)か幻かと言いますけど、うつつの時だけが悩ますことが起こったり、笑わしてくれたりします。
うつつを抜かすなんて言葉がありますが、あることに夢中になりすぎて正気をなくすことですよね。
正気の沙汰ではない、なーんて使われもしますが、夢中になりすぎて他のことに手がつかないと解釈するならば、今最も流行っていると思うスマホに夢中ってのはどうですか。
夢中にさせる要因は何でしょうか?
私これだけは蚊帳の外なんですよ、仲間はずれだということ。
持ってないからその面白さが分かっていない。
まず対等になりたい気持ちから持つようになるように見受けます。
みんなと一緒の事をしたいというのはいつの世でもあります。
テレビが家庭に入ってきたのに、我が家はまだって時は友達の話題に入れない寂しさや悔しさを味わったものです。
そんな気持ちになるのはいつの世でも同じ。
仲間はずれを意識しなくなくなったらスマホも必要不可欠なものとはなりません。
こんなケチを付けていては嫌われます。
我が道を行くと気取ってみても、跳ねっ返りと相手にされないず寂しいね。
希望だ、夢を追うとか言っても無理だと分かっていたけど。
拗ね(すね)てもしょうがないさ。
これはへそ曲がりだ

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