通夜式で

昨日通夜に行ってきた。
(ブログに投稿するのに適切なテーマかと迷ったが、今様なる式次第の一端を垣間(かいま)見たと解釈しました)
仏様となったのは親友のご子息。
元々心臓に異常が有った子で先月27日に生涯の幕を閉じたとのこと。
幕閉じの切っ掛けとは、肺に血が溜まったうえに腎臓の働きが弱まったことだったらしい。
式は音楽葬とかでお防様の出番はなかった。
このような故人を送る式で密接なる仏教の出番が狭められるようになったのも、この頃の風潮のような気がする。

仏となった主(あるじ)は享年43歳と父親が話していた。
勤め人として現役で活躍中の出来事だった。
現役だからこその式だったことが随所に現れていた。
献花の数が祭壇一杯となった、その数33基と見えた。
列席者の人数も親友の見込みを大幅に超える人数だった。
ざっと数えて親族を除き60人は超えていたでしょう。
通夜式だからかも知れませんが、お勤めに関わる方々とお見受けした。

式も滞り無く終えて、通夜振る舞い(つやぶるまい)で飲食をごちそうになった。
思いもかけず親友の弟さんや、お姉さんと同席となったが、始めはどこの誰か分からず勧められるままビールを飲み干した。
話を進めるうち弟さんとお姉さんと分かった次第。
何十年ぶりの再開でお互い挨拶を交わして「なーんだ、誰かと思っちゃた」と双方の発声だった。
こんな席でも無かったら多分すれ違いのままで終わったであろう。

旧交を温める切っ掛けは、生涯を閉じた式で無ければ歓声を上げての握手だったろう。
生涯を閉じた席とは申せ、お互いの無事な姿を確認できたのも故人のお導きだったかも知れません。

心よりご冥福をお祈りいたします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました