病気治せば気力湧くはず

今日は七夕、あいにくの空模様で、おりひめは、ひこぼしに会えるでしょうか。
見えない空は天の川も無いのと同じ。

先日ウォーキング中に歩けなくなった。
左の膝がカクカクして、しかもシビレまで再発するは、腰が痛むし思うように進めなかった。
女房に助けてもらいたかったが、体調芳しからずと言われ一人旅が災いしたのだ。
時間をかけて何とか家までたどり着いた。
女房も遅いと気にかけて、自転車で様子見に行こうかと構えていたらしい。
これを今朝方寝床の中で振り返って、こんな調子じゃ生き死にの問題だと考え込んだ。

私の病、治療の方法も有るようだが、無理に手術する段階では無い、暫く様子見ましょうだって。
無いと書いたが、無いのは見つからないからだと思った。
現状は生きる目的を失っている。
目指すものが見つかっていないから、こんな考えに陥るのだ。
行きたいところも見つからない。
食いたい物も見つからない。
やりたいことも見つからない。
あきらめた感情のまま生きさばらえているのだ。
つまり死に体同然だということかな。

その気に成れないのから活力を出せないのだろう。
海外旅行に行きたくなるには、どんな場所かを調べて知ることが必要だ。
旅行に興味が湧かなかったら問題外、調べるなんて気は起きません。

食い気も湧かないのは、抗がん剤のせいで味覚が悪くなっているからだ。
なにを喰っても美味いとは感じない。

やる気の問題だけど、今更何かを極めようなんて気は起きないさ。

もし、痛みが無くなったら行く気や、食い気も出るかな、加えて温泉でも行ってみるか、となるかも。
やる気が起これば出来ることが多くなるはずだ。
誰かに、やってみなーと、押し付けられたら手を出さないかもね。
死に体と書いたが、死んじゃえと、この世をあきらめたんじゃない。
今は痛みだけでなく、ふらつくことが多くなったんであきらめに似た感情が出ることもある。

生きる気力が無くなったのは、自分の甘えが出てきたんでしょう。
このままでいいやー、と思ったら進歩しなくなるだけ。
やっぱり、身体をいたわりながらも、病を治すことに力を注ごうと思えるようになりたい。

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